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アスリートからの伝言

Never too late(今からでも遅くない)

トッププレイヤーがしのぎを削る世界で田臥選手を支えてきた言葉がある。「Never too late(今からでも遅くない)という言葉をすごく大切にしています。物事はうまくいかないことの方が多いですが、さまざまな困難や壁を克服するたびに、自分の決意をぶれないものにするかがいかに大事かということを学びました。そして何かを決めるには、絶対に今からでも遅くないという信念を持っています」

活躍の場を日本に移した今もさらにプレイヤーとしての高みを目指す原動力は「ただバスケットが好きで上手くなりたいだけ」と笑う。「今まで自分のプレイに満足したことは一度もありません。もっとこうできたな、ああできたなと思うことばかりなので、いつまでも終わりはありませんね。だからバスケットができれば、もうそれだけでいいというぐらい毎日楽しいです。その気持ちは小学2年生の時から今まで変わらないし、むしろ年々増していますね」

今目指すのは、できるだけ高いレベルのプレイをすることと、バスケットの楽しさを多くの人に伝えること。「特に子どもたちにはプロバスケットの選手になりたいって思ってもらえるようなプレイを見せたいですね。自分が子どもの頃にマイケル・ジョーダンがなんであんなプレイができるんだろう?って見ていたようなかっこいいプレイを。

バスケットの面白いところは、体格も持ち味もさまざまな選手が一緒にできる競技だということです。あと、実際に見に来てくれたお客さんから、あんなに激しいと思わなかったという感想をよく聞くのですが、一回会場に来てもらってその激しさを感じてもらえたら嬉しいですね」

バスケットの楽しさを広めたい

選手としてリーグを盛り立てる傍ら、USFとのイベントをはじめ、さまざまな活動を通じてバスケット振興にも積極的に取り組んでいる田臥選手。子どもたちとのふれあいは自分も原点に帰れる貴重な時間だと語る。「できないことも一生懸命やろうとする姿を見ると、自分がバスケットを始めた頃の気持ちを思い出して、逆にいつも元気をもらいます。

Never too late! 田臥 勇太

プロ選手と一緒にプレイができたり、話を聞けたりというイベントは、自分が子どもの頃にそうだったように、とても嬉しいものだと思うので、これからもUSFと協力しながら、たくさんの子どもたちに何か感じてもらえるきっかけを提供できたらいいなと思っています」

最後に日本のバスケットの未来について2つの課題を挙げてくれた。「まずは身近にできる環境がもっと増えればと思います。アメリカの場合はボールがひとつあればバスケットができる環境が整っています。日本にもそんな場所が少しでも増えれば、もっと身近に感じられるようになるのではないでしょうか。

あとは、今、日本にはNBLというリーグがありますが、そういうトップリーグがNBAのように子どもたちの夢の舞台になるように大きく膨らんでいかないといけないと思います。せっかく小中高とバスケット人口が多いのに、どんどん狭き門になっていってしまうので、そこが大きな課題ではないでしょうか」だからこそ、プレイヤーとして人々を魅了する大切さを痛感している。憧れの世界を強い意志と努力で引き寄せた田臥選手の挑戦はこれからも続いていく。

バスケットボールプレイヤー田臥 勇太

1980年10月5日、神奈川県生まれ。
リンク栃木ブレックス所属。

96~99年度、秋田県立能代工業高校在学中、高校3大タイトル3年間制覇(史上初の9冠)。
02~03年度、トヨタ自動車アルバルク時代に新人王獲得。翌シーズンよりNBAに挑戦。05~06年度、プロ契約を結ぶ。
日本帰国後、リンク栃木ブレックスで08-09年シーズンでベスト5・アシスト王・スティール王を獲得、翌シーズンではJBL優勝を果たしプレイオフMVPを獲得。現在もリンク栃木ブレックスで活躍中。