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インタビュー

アスリートからの伝言vol.4 サッカー 大儀見優季さん

壁があるから強くなれる

世界を舞台に進化を続ける大儀見選手を支えるものとは? その強さの秘密を探る

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プロサッカー選手
大儀見 優季

ウェーブのかかったロングヘアとムートンブーツ姿で登場した大儀見選手。世界を代表するエースストライカーとして試合中に見せるクールな表情とは正反対の自然体の笑顔が印象的だ。昨年、新たな挑戦の場としてイングランドのチェルシーLFCに移籍し、一時帰国中の大儀見選手に、進化を続ける強さの理由や未来、プライベートのことを語ってもらった。

できなかったことを、できるようにする

小さなときから外遊びが大好きな活発な子だった。

「兄がいたので年上の男の子と遊ぶことが多くて、自然とそうなっていったという感じです。サッカー以外にもピアノやそろばんなど、いろんなことにチャレンジすることが好きでした。それに勉強も好きでしたね」

大儀見選手がサッカーを始めたのは小学校1年生のとき。もともとバスケットボールの選手だったというスポーツ好きな両親のすすめで、2歳年上の兄(永里源気)が所属していた男子ばかりのサッカーチームに入団した。

「お兄ちゃんもやっているし、やってみたら?と言われて、妹、(亜紗乃)と一緒に始めたんです。最初はしぶしぶでした(笑)。

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でも市内の大会でも一回戦負けしてしまうような弱小チームだったので、自分で言うのもなんですが、まわりの男子より上手でした。だからそれなりに楽しかったですね」

のちに全員がサッカー選手となる兄妹3人で、小学生時代は校庭にサッカーをしに行ったり、家の前でボールを蹴って遊んでいたという。

「よくボールが道路に出て怒られたりしてました(笑)。兄妹でライバル意識をもつとかそういうのは全然ありませんね。なんとなく始めたサッカーでしたが、サッカー選手を目指す兄の姿を見て、私もサッカー選手を目指そうかなという気持ちが漠然と芽生えていきました」

中学1年生でサッカーの名門、日テレ・ベレーザの下部組織であるメニーナに入団する。ベレーザへの昇格と日本代表入りを目標に日々厳しい練習に打ち込む中、全日本女子サッカー選手権の関東予選決勝に出場し、そこでスタジアムが一瞬静まり返るほどの豪快なゴールを決める。

「今でも決められないと思うぐらいのゴールでした。中学1年生の私が大学生を相手にドリブルで抜いていって、遠目からのロングシュートで決めました。今までのすべてのゴールを振り返っても、やっぱりあの時が一番心に残っていますね」

こうしてストライカーとして瞬く間に注目が集り、中学3年生のときには目標だったベレーザにも昇格、Lリーグ(現・なでしこリーグ)の試合にも出場するようになった。

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卓越したセンスと身体能力で、一気にスター選手への道のりを駆け上がったかのように見える影で、ひとつひとつの目標を掲げて成長するプロセスをとても大切にしていたという。

「できなかったことができるようになる、その喜びが自分の中でとても強かったんです。これだけ練習したらできるようになるんだっていうのが分かるようになってきて、それを積み重ねるのがすごく楽しくて。
勉強でもスポーツでも何でも、できなかったら悔しいじゃないですか。その悔しさが、必ず自分を成長させてくれるというか、その悔しさを経験するために、新しいことにどんどんチャレンジしていました。」

この時から変わらぬチャレンジ精神が、今も進化を続ける強さの秘密なのだ。

実力で認められたい

高校生になるとその才能はますます開花し、16歳で日本代表に選出される。その若さと期待の大きさからメディアでも連日のように大きく扱われたが、怪我から復帰したばかりの大儀見選手にとって、当時のコンディションも実力も自分で納得のいくものではなかった。

「あの頃は日本代表に選ばれたという喜びよりも、まわりの期待と自分の力とのギャップに苦しんでいました。本当に自分に自信がなかったし、代表に選ばれている自分を別の人のことのように感じていました。こんなの自分じゃないという感じで。選ばれたいけど、今じゃないって」

あの頃が一番つらかったと振り返る。

「とにかくまわりの人に実力で認められなきゃいけないという思いだけでサッカーをしていました。ゴールを決めれば納得してくれるだろうと。人の期待に応えるためにやっていたので、心の底からサッカーを楽しめていませんでした」

悩み苦しむ日々の中で、ベレーザの練習が終わる夜の8時半ごろから毎日居残り練習を重ねていた。

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「その頃の練習は、試合をイメージしてとかではなくて、とにかくシュートの数をこなそうと、がむしゃらでした。誰よりも数を打ったという自信が欲しかったんですよね。自信を持てない状態でいくら試合に出ても実力を発揮できないですし、何かしら自信を持てるきっかけを持ちたかったんです」

当時、心の支えとなる親友の存在も大きかった。

「彼女がいなかったら、たぶんあの苦しい時期を乗り越えられなかったと思います。『優季は優季らしくいればいいんだよ、どんな優季でも受けいれるから』という言葉に、結果を残さなくても自分の存在を認めてくれている人がいるのだと救われました。代表選手としての私ではなく、ひとりの人間として一番近くで応援してくれた友人は、今もかけがえのない存在です」

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そして、この頃からつけ始めたノートがもうひとつの大きな武器となる。

「ベレーザでは頭を使って考えないと理解できない練習をするので、自分の中でちゃんと整理しないと次の練習に納得して進めなかったんです。それでノートにその日の練習内容を書いて、この練習は試合に置き換えたときにどういう場面でどういう風にいきてくるのかとか、どのシーンを取り上げて練習しているのかとか、どういった目的があってとか、監督はどういう意識付けをしたいのかということを、自分の中にしっかり落とし込んで、吸収してから、次のステップに進めるようにしていました。」

このノートを書くことで、多くの発見があった。

「戦術的な部分や技術的な部分で、ひとつの物事を自分の視点だけでなく、ディフェンスや相手、監督の視点で捉えて分析してみたり。その日に気付いたことを論理的に説明ができるまで掘り下げたりしています。こういう現象が起きたのはこういう理由があったからなんだというところに行き着くまで、いろんな側面から考えて書くようにしています」

今も書き続けているというこのノートは、後から読み返すことはないという。「書く」ことはあくまでも、ひとつひとつの経験を糧に、その日の気付きや学びを徹底的に自分の中に叩き込むための作業で、それを繰り返しながら少しずつ実力と自信を積み上げてきたのだ。
その後、Lリーグや日本代表としての活躍ぶりは誰もが認めるところとなったが、大儀見選手自身が「期待と実力のギャップ」という壁を突破できたのは、2008年の北京五輪の代表メンバーに選ばれたときだと語る。

「初めて日本代表に選ばれたときは、結局アテネ五輪には行けませんでしたから、きちんと実力が評価されて北京五輪の代表メンバーに選ばれたときは、これでやっと世間の目から解放されると心から安堵しました。これからは自分自身でしっかり目標を持って、好きなようにやっていきたいなと思えた瞬間でしたね」

結果、ドイツに敗れ惜しくも4位となった北京五輪での経験が、大儀見選手にとって次なるステージへの幕開けとなる。

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サッカーだけでなく、ひとりの人間として

北京オリンピックから戻り、もっと強くなるために海外への移籍を決意する。2010年に大学を卒業し、ドイツの強豪1.FFCトゥルビネ・ポツダムに移籍。大儀見選手自身が選手としての飛躍のターニングポイントだったと振り返る。

「ドイツの最初の印象は、代表で経験していた試合が日常にあるというものでした。日本とは比べ物にならない速さとフィジカルコンタクトの強さに圧倒されました」

そこで発揮されたのが、普段から鍛えていた分析する力だった。

「足は急には速くならないし、体だって急には強くならないじゃないですか。だったら判断のスピードを上げれば、速さにも対応できるだろうし、フィジカルコンタクトについても回避できたりするだろうという発想の転換をしました。すぐには改善できないことに対して悲観するのではなく、違う視点から考えてそれを乗り越えていくという工夫を常にしていましたね」

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身長差など努力ではどうにもならないことは、スパッとあきらめることにしていると笑いながらも、まず、できることは何なのかを考えてきた。

「できないことがあったとしても最初からそれを放棄するのではなくて、まずはやってみます。そうすると、これは長期的に続けていけばできるようになることだとか、短期的にすぐできるようになることっていうのが分かるようになります。そして短・長期的な目標に向けて同時に取り組むことが見えてくるんです」

子どもの時から染み付いた、できないことをできることに変えていくという姿勢が、その後のドイツでの活躍にもつながっていった。
ポツダムに移籍して3ヶ月目、言葉も文化も違うドイツで、チームメイトや監督ともまだ馴染めていなかったその頃、チームはヨーロッパのチャンピオンズリーグで決勝に勝ち上がっていた。PK戦に突入し5人目でも決着がつかず、6人目のキッカーとして自ら手を挙げたのが大儀見選手だった。

「最初の5人のキッカーに指名されなかったのが悔しかったんです。蹴りたかったから。自信があったというより、チャンピオンズリーグの決勝でPKを蹴られるなんて機会はたぶんもう二度と無いだろうと思っていたので、はずしてもいいやという気持ちで(笑)」

ここで決めたゴールが大きな転換点となり、名実ともにチームメイトから認められる存在になった。

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その後、大儀見選手は世界にその名を轟かせるエースストライカーとして大きく飛躍する。2011年にはメンタルトレーニングコンサルタントの大儀見浩介氏と結婚。

「20歳くらいのときから25歳までには結婚するって目標をたてていて、それでタイミングよく25歳のときに結婚しようって言われたので、よし!と(笑)。

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結婚したことで、彼を通じていろいろな世界の方たちと関わるようになり、サッカー選手としてだけでなく人としての幅がどんどん広がってきているような気がします」2人の間にはたくさんの夢がある。

「最終的には田舎で自給自足でアドベンチャーファミリーみたいな暮らしがしたいとか話しているんですよ(笑)」

昨年、自ら選んだチェルシーLFC(イングランド)に移籍し、現在はチームの牽引役として新たなチャレンジを続けている。

「ドイツの最後のシーズンが始まる前に、次のシーズンは他の国に行こうと決断していました。今まで、日本でもドイツでもレベルの高い選手に囲まれていたから、それなりの実力があれば得点することができました。
そんな中、また違う文化や環境、しかも女子サッカーがまだ発展していない国のあまり強くないチームに身を置いて、同じことを成し遂げてみたいという気持ちがありました。一からチームを強くしていくのもまたひとつの挑戦かなと思って」

チームには、大儀見選手をスーパースターとして憧れる若いメンバーもいる。

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「それだけ目標にされたり見られているということなので、今まで以上にすべてに気を引き締めていかなきゃいけないと思っています。だから自分にとっても、もうひとつ上のステージに挑んでいるという感じですね」

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サッカー人生で今が一番楽しいと語る笑顔には、努力を積み重ねてきたものだけが知る充実感があふれている。

「今は、応援してくれる人たちに喜んでほしくてサッカーをしています。心からサッカーが楽しめるようになってから、自分が成長してるなという実感が持てるようになりました。
いろんな気付きや発見を繰り返しながら成長していく過程は純粋に楽しいですし、これからもどんどん変化していきたいなと思っています。今の目標は、子どもたちに大儀見選手みたいになりたいと思ってもらえる選手になること。サッカー選手としてだけではなく、ひとりの人間としても常に進化を続けていきたいですね」

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プロサッカー選手
大儀見 優季
1987年7月15日、神奈川県出身。イングランドFA女子スーパーリーグのチェルシーLFC所属。
小学校1年生でサッカーを始め、中学1年で日テレ・メニーナに入団、翌年日テレ・ベレーザへ昇格する。
中学3年生の時にU-18ユース選手権でチーム優勝、大会最優秀選手賞を受賞。
16歳で日本代表に選出、2011年ワールドカップ優勝、2012年ロンドン五輪銀メダルに貢献。
2010年ドイツの強豪トゥルビネ・ポツダムへ移籍し、女子ブンデスリーガとUEFA女子チャンピオンズリーグを制覇。
現在はチェルシーLFC(イングランド)で活躍中。

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