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インタビュー

アスリートからの伝言vol.5 バスケットボール 大神雄子さん

飛び込む勇気が未来を拓く

中国プロリーグで優勝を果たし帰国したばかりの大神選手が語る果てなき情熱とこれから

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プロバスケットボール選手
大神 雄子

この人がいるだけで一瞬にしてその場の空気が明るくハッピーになる。目の前に現れた大神選手を一言で表すならまさにそんな人。身長170センチ、ショートヘアとハスキーボイス。そのボーイッシュな風貌と飾らぬ人柄、気迫あふれるプレイスタイルで、国内外のファンはもちろん選手たちをも魅了する。昨年合流した中国のプロリーグでの優勝を果たし、帰国したばかりの大神選手が語るバスケットへの思いとこれからとは。

人と出会うことで、選択肢が増えていく

女子バスケットボールの司令塔・大神雄子選手の存在をなくして、アジア選手権での43年ぶりとなる優勝はなかったと語るファンは多い。日本代表のキャプテンとして、ひとりの選手として、常に「世界一」を目指してきた大神選手が、昨年のこの大きな勝利の後に決意したのは長年のライバルである中国のプロリーグWCBAへの挑戦だった。
12年間在籍したJX-ENEOSを離れ、世界から注目を集めるWCBAで新たな挑戦をするまでには、さまざまな葛藤があったという。

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「中国語もまったく話せなかったですし、正直なところ、いろいろな報道の影響もあり、中国に行くということに不安もたくさんありました。でも選手であるかぎりもっと上を目指したいという気持ちと、世界中からトップ選手や指導者が集まる新しい環境に飛び込んでいくわくわくドキドキ感の方がそれよりもっと強かったんです。アジア選手権での優勝が自信になったことも大きかったですね」

オファーを受けた3チームから大神選手が選んだのは、リーグ2連覇を狙う山西フレーム。決め手は、ルーカス・モンデロヘッドコーチの「私が一番大切にしているのは、ロッカールームの雰囲気だ」という一言だった。

「ヨーロッパを制したスペイン代表のヘッドコーチであるルーカスの指導を受けたいという気持ちもありましたが、私自身、日々の生活が一番大事だという考え方なんです。ひとりの人間として生きる毎日の中に選手としての自分があって、そこにたまたまオリンピックがあったり、アジア選手権があると考えているので、彼がコートを離れた時間を大切にしているということが心に響きました」

こうして不安と期待を胸に中国に旅立ってから4ヵ月後の2014年3月、1万3000人のファンで沸きかえるホームスタジアムでリーグ優勝を祝う大神選手の姿が日中のメディアを賑わせることとなった。

「優勝という最高の結果を残せたのは、最高のコーチと最高のチーム、最高のファンの皆さんに囲まれたからこそ実現できたと思っています」

日本のみならず中国のファンからも愛される選手となった今も謙虚な姿勢は変わらない。

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即戦力を求められるプレッシャーを力にかえて、チームの勝利に大きく貢献したという自信が中国での収穫では?と尋ねると

「一番の収穫は人との出会いです。監督も選手たちも中国に行かなければ出会えなかった人すべて。出会いが多いほど話をしたり聴いたりする機会が増えて、いろいろな人の経験や考えをもとにした自分の選択肢が広がっていくと思っています。物事を考えたり判断したりする上で、たくさんの選択肢を持つことはとても大切ですから」

相手の言葉をキャッチして、自分の成長へと繋げていく、これこそがアスリートの視点なのかもしれない。
中国で最も心に残る出会いはルーカスヘッドコーチだという。

「一言でいうと、熱くて、温かい人です。例えば試合直前に、『このロッカールームを出るときには、みんなで同じ武器を持って、口にナイフをくわえて戦いに行くつもりで臨まなければいけない。ひとりとして違う武器であったら勝てない』とチームワークの大切さを熱く説いてくれたり、バスケのことに限らず心に残る言葉がたくさんあって、そのたびにメモを取っていました。私がよくツイッターで書いている「バモス!」という言葉も、レッツゴーとか頑張ろうという意味でルーカスがいつも使う一語なんですよ(笑)」

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もうひとり、刺激を受けたチームメイトにアメリカ出身のマヤ・ムーア選手がいる。

「マヤはゲームに向かうための準備が凄いんです。食事やコンディションのコントロールはもちろん、毎回変わるルーカスコーチのゲームプランの確認を怠らない。だからこそどんな試合でも素晴らしいパフォーマンスが発揮できる、やっぱり日々の積み重ねが一番大切なんだということを改めて感じさせてくれた尊敬すべき選手ですね」

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当初、日本代表である大神選手にとって常にライバルである中国行きは、楽しもうというより隙を見せないようにしなければという気持ちの方が大きかったという。

「もしかしたら中国の人が初めて見るかもしれない日本人選手として、応援したいと思ってもらえるような言動をいつも心がけていました」

4ヶ月の間、チームメイトや地元ファンに温かく迎えられ、中国に対する印象もガラリと変わった。

「中国人って情に厚くて、めちゃくちゃ温かいんですよ。日本人に比べて人と人との距離が近いというか、家族のような親近感というか。チームメイトの歓迎ぶりも嬉しかったですし、お客さんからはいつの間にか私の名前の二文字をとって「大雄(ターシェン)」という愛称で呼んでもらっていました。これドラえもんの「のび太」の中国名なんですよ(笑)。実際に見て感じた中国は出発前のイメージとはまったく違っていましたね、やっぱり中国に行ってよかったなと思います」

どこでやるかより、何をやるか

大神選手にとって最初の海外進出は2008年から4年に渡るアメリカのプロリーグWNBAでの挑戦だった。08年にはフェニックス・マーキュリーでロースター入りを果たしている。アメリカはバスケット人生の原点ともいえる場所。バスケットの指導者である父の留学先だったロサンゼルスで小学校2年生の1年間を過ごし、そこで観たNBA選手たちの華麗なプレイに魅了されたのがバスケットに目覚めるきっかけだった。

「最初は、試合に行くとポップコーンとアイスクリームが食べられるとかそういう感じだったのですが、凄いプレイを目の当たりにするうちに、だんだんとあんなダンクシュートができたらいいなと思うようになりました」

それから瞬く間にバスケットに夢中になり、毎日眠る寸前までボールを手にする日々を送った。

「うちは父親がバスケの指導者であるということで、何かあると体育館に連れて行ってくれてシューティングさせてくれたり、大学の試合を見に連れて行ってくれたり、環境的にはとても恵まれていたと思うのですが、その分なんだか甘えてしまう気がしてすごく嫌だったんです。それで自分で名古屋の高校への進学を決めました。私は自分で決めたら誰がなんと言おうと貫き通す性格なので、あのとき私の意志を尊重してくれた両親に感謝をしています。」

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そもそも世界を目指そうと思ったきっかけは、高校時代の恩師の言葉だった。

「あのときの先生の言葉はずっと心に残っています。当時、日本一とか全国制覇という目標で頭がいっぱいの私たちに向かって、先生は『世界に通用する選手をこの3年間で育てる』とさらっとおっしゃったんですよ。そうか、先生が見ている先は日本じゃなくて世界なのかと衝撃を受けました」

2008年からの3年間、夢だったアメリカでのチャレンジは、メンバーに入りたいという目標をがむしゃらに追いかける日々だった。
「挑戦を応援してくれたJXに恩返しする意味でも、絶対にメンバーに入らなきゃという一心でした」と当時を振り返る。アメリカでの毎日は想像以上にハードで、

「目の前でメンバーがどんどん落とされていくんですよ。練習前のテーピングをしているときでも、練習が終わったばかりでも容赦なくカットされていきます。トレーニングキャンプは言い方変えればサバイバルキャンプでした」

そんな過酷な毎日にメンタルも鍛えられていく。

「アメリカの選手って、どんな状況もポジティブに受け止めるんです。ある選手が突然NYにトレードされたとき、みんな彼女によかったねって言うんですよ、それもひとつの評価だからと。同じ境遇にある仲間だからこそ言える言葉なんじゃないかなと思うんですよね。
たとえカットされても落ち込む暇があったら次へ次へと進んでいく、これがアメリカで学んだことのひとつなのですが、実際に私がカットされたときはやっぱりショックでした」

そんな時、自分を奮起させるためにしていたのが、何のためにここに来たのか?と自問自答を繰り返し、原点に戻ることだった。

「毎日それを繰り返していました。そして今やれることをとにかくやる。ゲームに出られなくてもトレーニングコーチとスキルコーチと練習をして、これが自分のためになるんだと信じて、必死でもがいていましたね」

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アメリカでの日々は孤独だったという。そんな時心を癒してくれたのが後輩が送ってくれたルーキーズというドラマと大好きな音楽や本だった。

「スケルト・エイト・バンビーノの希望という曲の歌詞に何度も励まされていました。何かのきっかけが欲しいときは高橋歩さんの「人生の地図」という本も大好きでよく読んでいましたね。私、バスケットコートを離れたら、物静かですから(笑)」そう言って豪快に笑う。その笑顔にはストイックに自分の夢と向き合い、喜びも苦しみも乗り越えてきた強さが秘められている。
先駆者として、日本の後輩たちに海外進出を勧める気持ちはそれほど強くない。「どこでやるかより、何をやるかが大事なので、強制はしたくないですが、モチベーションが上がるきっかけになるならいいと思います。私の場合はやりたいことが海外での挑戦だったというだけで、やりたいことがはっきりしていれば、場所は問題じゃありませんから」

自分から行かなければ、何も始まらない

バスケットボールを通じてたくさんの人と出会い助けられてきた。肩の怪我でフェニックスにリハビリに来ていたソフトバンクホークスの斉藤和巳投手もそのひとりだ。

「カズ兄とガッさんと呼び合う仲なんですよ。リハビリの姿だけではなく、その熱い人柄にすごく刺激を受けました。わたしが左手首を骨折したときにも、もとの10には絶対戻らなくても、その分右手を強化したり、左手のリハビリに励めば11とか12にパワーアップできるんじゃないかというポジティブな考え方を教えてくれて。普通は10がだめなら8か9でって考えるじゃないですか。でもカズ兄は違うんですよ(笑)」

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「バスケットボールをしていなければこんなにたくさんの出会いはなかったと思います。中国やアメリカに行けたものバスケットの力ですね。でも誰かに出会うためには勇気を出して自分から行かなくてはダメですね。不安と期待が半々のときはまずは挑戦してみなくちゃ。そういう時はバモス!と唱えれば大丈夫ですよ(笑)」

中国から帰国したばかりの今季はJXでの登録をしていない。今は毎年一回行っている、まっさらな大神雄子にリセットする時期なのだという。

「今後のことはまだ何も決めていません。国内外問わずプロとして自分が今後バスケットをやるのか、やらないのか、また続けていくなら、どんなプレイスタイルを求めていくか、心も身体もすべてにおいてリセットをして、もう一度自分を見つめ直すときだと思っています」

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今のところはっきりしているのは、JXのアプレンティスコーチとしてコーチングの勉強を始めること。

「選手であることと同時にコーチングの勉強をすることで、今後に活かせる何かを改めて学ぶことができると思っています」

このインタビュー後に開催されるUSF Sports Campではゲスト講師として参加する。

「子どもたちには、まずバスケットの楽しさを伝えたいですね。それにはシュートを決める喜びを体験してもらうのが一番。子どもたちにとってあの高さのシュートを決められたら最高に嬉しいじゃないですか。最初はスタイルなんて全然気にしなくていい。楽しい!できた!と感じる時間を作ってあげたいですね」

バスケットに限らず何かスポーツを始めるときは、とにかく好きになることが大事だという。

「好きになれば自然に向上心や興味がわいて没頭できる。没頭できることに出会えるってとても幸せなことだから、自分の経験を踏まえて子どもたちにはそういうアドバイスができたらいいなと思っています」

将来の夢は指導者になること。

「いつか大好きな漫画ONE PIECEの麦わらの一味みたいなチームを作って、熱い指導者になりたいです(笑)」

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プロバスケットボール選手
大神 雄子(おおが ゆうこ)
1982年10月17日、山形県生まれ。今季はJX-ENEOSサンフラワーズのアプレンティスコーチとして活動予定
バスケットの指導者であった父の留学先アメリカで小学校2年生のときにバスケットボールを始める。全国中学大会で準優勝、桜花学園高でインターハイなど通算7冠を達成する。01年JOMO(現JX-ENEOSサンフラワーズ)に入団、04年アテネ五輪にチーム最年少として出場。07年日本人女子選手として初となるプロ登録、08年強豪フェニックス・マーキュリーで日本人2人目のWNBA選手となる。
13年のアジア選手権では日本代表のキャプテンとして43年ぶりの優勝を果たす。2013年11月中国女子プロリーグWCBA山西フレームに合流し優勝。14年3月に帰国し今季はJX-ENEOSサンフラワーズのアプレンティスコーチとして活動予定。ポジションはポイントガード。

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