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インタビュー

アスリートからの伝言vol.7 バレーバール 木村沙織さん

楽しみながら成長したい

稀代のエース木村選手が見据えるリオ五輪への道のり

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プロバレーボール選手
木村 沙織

笑顔のエース・木村沙織選手は、コートを離れても笑顔を絶やさない。試合中に放たれるアスリートとしての気迫も、全日本チームのキャプテンとしてのプレッシャーも感じさせないふんわりとしたオーラで空気を和ませる。ひとつひとつの質問に丁寧に向き合いながら紡ぎ出される答えには、バレーボールへのひたむきな想いがあふれている。一度は引退を決意した木村選手が、4度目のオリンピックとなるリオデジャネイロで金メダルを目指すまでの葛藤や成長、これからのバレー人生を語る。

後悔だけはしたくない

目標はリオデジャネイロオリンピックの金メダル。新生「火の鳥NIPPON」のキャプテンとして4度目のオリンピックを目指すまでにはさまざまな葛藤があった。17才で初めて代表入りを果たしてから今日まで日本のエースとしてバレーボール界を牽引し続けてきた。
プレミアリーグの東レでの数々のタイトル、夢だったオリンピックでのメダル獲得、世界最高峰のトルコリーグへの移籍、バレーボール選手としてやりたいことは全部やってきた。その達成感からか、自分の中で勝つことへの貪欲さが薄れていくのを感じていた。

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2012年の11月、移籍先のワクフバンクのメンバーとして参戦していたヨーロッパチャンピオンズリーグ中に引退を決意する。

「ある時スパっと辞めるなら今かなって思ったんです。選手としてやりきった感じがあったので迷いはありませんでした」

そんな彼女をもう一度コートに引き戻したのは、全日本の眞鍋 政義監督だった。
ヨーロッパチャンピオンズリーグの解説でトルコを訪れた眞鍋監督から、突然全日本のキャプテンになって欲しいと打診を受ける。

「びっくりしました。辞めようと決めていたときにいきなりキャプテンという話で。バレーを続けることも考えられなかったし、絶対無理ですとすぐに断りました」

自分の決断を頑なに貫く木村選手の性格を理解している監督も一歩も引かなかった。選手の実績を重視する監督にとって、五輪を3回、世界選手権を3回経験している木村選手しか次のキャプテンは考えられなかったと後に語っている。
その日から続行を決断するまでの約1ヵ月間、眞鍋監督との押し問答を繰り返しながら、自分の心の声に耳を傾けた。

「小学校2年生から始めたバレー人生の中で一度もキャプテンをしたことがなかったので、もし自分がキャプテンになったらどんなチームになるのかなと考えている自分に気づきました。あとで私がキャプテンだったらこうするのになんて後悔だけはしたくないなという気持ちと、トルコで試合に出る機会が少なかったので、このまま終わっていいのかなという気持ちが少しずつ大きくなっていきました。それから、シンプルに眞鍋監督ならリオでメダルが獲れると思ったことも大きかったですね」

眞鍋監督に全幅の信頼を寄せて始動した木村キャプテン率いる全日本チームは今年で2シーズン目を迎える。

「ロンドンオリンピックの後、ベテラン選手から若い選手へとガラリとメンバーが入れ替わり、昨年は若い選手たちが日の丸の重みを感じて経験を積むというフェーズでした。今年は去年よりもっと成長できるように、私もキャプテンとしてチームをしっかり引っ張っていきたいと思っています」

歴代のキャプテンたちを仰ぎながら、あくまでも自分らしくをモットーに前進する。

「理想のキャプテン像は特にありません。先輩たちを真似しようとしてもできるものではないですし、私らしくやるだけです」

とどこまでも自然体。気負いは一切ないように見えるが、実は、自らに課された責任は数字でしっかりと認識している。

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眞鍋監督が導入するIDバレーでは、アタック決定率などさまざまなデータが綿密に分析・検証される。「木村選手が崩れたら日本は負ける」という監督の言葉を数字で裏づけながらエースとしての自覚を徹底的にたたきこまれてきた。

「最初は監督の言う意味がよく理解できず、何を言ってるんだろうなという感じでした。でも試合を重ねるごとに細かなデータが出てきて、自分の数字の良し悪しが勝敗につながっているのがわかり、自分の中でだんだんと責任や自覚が出てきました。数字で出されてしまうともう逃げられないですし(笑)」

責任と自覚をもつことでプレッシャーはないですか?との質問には笑顔でこう答える。

「バレーはチームスポーツなので、プレッシャーは皆と少しずつ分け合うようにしています(笑)。変にプレッシャーを感じてしまうと自分のプレイができなくなってしまうし、その方が嫌なので、自分もメンバーもなるべく自然体でいられるような雰囲気作りを心がけています」

みんなが自然体でいられる秘訣は、どんなときでも笑顔を絶やさないこと。メンバーには自分から積極的に声をかけ、コミュニケーションを大切にしながらチームをひとつにまとめていく。「自分ではとくに意識していない」といいながら、しっかりと木村スタイルのキャプテンシーを発揮している。

くよくよする暇があったら練習する

笑顔のほかに木村選手の強さを支えてきたものがもうひとつ、常に前向きであること。

「悔しいときやつらいこともたくさんありますけど、一晩ぐっすり寝たらすぐに忘れるタイプなんです(笑)。くよくよ悩む暇があったら練習しようと思うので。基本的にはいいことばっかり憶えておくことにしています(笑)」

そもそも練習や努力することをつらいと感じたこともないという。

「チームが勝つために、自分のポジションがいかに重要かを考えたら、できないことはできるようになるまでやるのは当たり前のこと。それを努力というのはちょっと違うのかなと思っています」

ゆっくりと穏やかな口調で語りながらもトップアスリートの厳しい一面を覗かせる。

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木村選手のバレー人生の原点は、小学校2年生のときに入団した地元のバレーボールクラブ秋川JVCに遡る。両親がバレーボールをしていた影響で、自然とバレーボール選手に憧れるようになった。

「もともと体を動かすことが大好きな子どもでした。家の近所に400メートルトラックがあるような大きな公園があって、家族でよくそこに行ってバレーやバドミントンをして遊んでいました。当時、父にアンダーレシーブとかいろいろ教わったのですが、今考えたら全然違ってたりもするんです(笑)」

小学校4年生のときに人生で唯一2週間だけバレーを休んだ時期があった。

「毎日のように学校が終わると練習に通う日々を送っていたある日、なんで私だけ普通に友達と遊べないんだろうと思って嫌になってしまったんです。それで母に辞めようかなと言ったら、自分の好きなことをやったら?、休んだっていいんじゃない?と言ってくれたので、それなら、休んでみようという感じでした(笑)」

結局チームメイトたちから一緒にやろうよと誘われて、またすぐに戻ることになったが、あのとき友達からの声がなければ、そのままあっさり辞めていたという。

「その当時は、バレーが好きで好きでという感じではなかったし、自分から戻りたいとかそういう気持ちはまったくなかったですね(笑)」

それでも上手になりたいという気持ちは誰よりも強かった。子どものときに練習を重ね、徹底的に体にしみこませた守備力が、今、攻守ともに優れた選手としての基礎を支えている。そして、選手としての天性の闘志もすでにこのころから備わっていた。

「今までのバレー人生を振り返っても一番悔しかった試合が、小学校6年生のときにライオンカップ予選で負けてしまったことなんです。なぜかあの試合のことが忘れられないんです。夏の一番大きな大会だったのですごく出たかったのだと思うのですが(笑)」

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バレー選手として恵まれた体躯と抜群の身体能力、しっかりと身につけた基礎技術で木村沙織の名は瞬く間にバレーボール界の注目を集めていった。名門・成徳学園中学校(現 下北沢成徳中学校)に進学、高校2年のときに全日本代表入りを果たす。

「代表に選ばれた時はいつもテレビで見ていた選手たちと一緒に練習できることがとにかく楽しかったです。でもどこか現実でないような不思議な感覚もありました」

緊張はしなかったのですか?とたずねてみると

「ボールが動きだしたら必死にやるだけなので、緊張はすぐに消えちゃいました。それよりも高校生で全日本に参加できることなんてそんなにないじゃないですか、だからいっぱいボールに触ってやろうという気持ちで臨んでました。もしかしたら先輩のボールにも余計な手を出してたかも(笑)。それくらいこの経験を無駄にしたくない、この貴重な時間に少しでも多くのことを吸収したいと思っていました」

という。
当時スーパー女子高生として脚光を浴びたことについても「普段からなんですが、周りの声はあまり聞こえないというか、何が起きているか気にしないというか、そういう感じなんです」と、筋金入りの大物なのだ。
柳本監督に招集された全日本でワールドカップやアテネオリンピックを経験できたことが、選手としての最大のターニングポイントだったと振り返る。

「あの経験ができたことは大きかったですね。初めてのオリンピックでは、海外の選手たちの気迫がほかの試合とはぜんぜん違うなというのを肌で感じましたし、大山加奈さんと一緒に中国対ロシアの決勝を見に行ったんですが、中国チームが決勝まで進んで、すごいハイレベルな試合をしていることに刺激を受けました。同じアジア人として体の大きい世界の選手たちに勝てないことはないんだな、私もメダルを獲ってみたいなと思ったんです」

高校を卒業後、東レに入団。プレミアリーグで数々のタイトルを獲得し、全日本選手としても本人いわく「目の前にあるひとつひとつの目標のためにしなければいけないことをしてきた」結果、日本のエースとして絶対的な存在へと成長する。
2008年の北京オリンピックに続き、3回目のオリンピックとなったロンドンで悲願のメダルを獲得する。

「オリンピックのメダルは、特別重くて大きいんです。人間欲が出るというか今度は金メダルが欲しいですね(笑)」

数々の偉業を成し遂げてきた木村選手の気持ちは、どこまでも未来へと向けられているのだ。

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トルコに行って見えたこと

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ロンドンオリンピック後に世界最高峰といわれるトルコ1部リーグに挑戦したときのこと。もともと日本が大好きで、それまで海外挑戦はまったく考えていなかった木村選手が決意したきっかけは、

「海外を経験した選手たちの話を聞いていて、自分で経験してみないとわからないことがあるんだろうなと思ったことと、バレーボール人生の中で海外経験だけがなかったので、あってもいいかなと(笑)。ちょうどオリンピックが終わったタイミングでもあったので、すべてがそういう方向へ進んでいったという感じでした」

各国からのオファーがあった中でワクフバンクを選んだのは、チームからの熱いオファーとグイデッティ監督の存在が大きかった。

「昔からよく試合をしてきた監督だったのでどんな監督かよくわかっていたし、彼の元でプレイしてみたいと思いました。実際に行ってみて、ひとつチャンスボールを返すにしてもあとのつなぎ方が違ったりとか、そういう細かいことをたくさん教わりとても勉強になりました」

トルコでの一番の収穫は、視野が広がったこと。

「世界中のトップ選手が集る日常はそれだけで刺激的でした。圧倒的にパワーと高さが違いますし、日本のリーグでは味わえないバレーができたのですごくいい経験になりました」

トルコでは試合に出場する機会にめぐまれないことも多かった。

「みんなプロ選手なので結果がすべてなんです。自分のアピールをしてポジションを獲得していかなくてはいけないということが日本とは全然違います。そういう環境の中で自分に何が必要なのかを客観的に見つめ直すことができたことも、行ってよかったなと思うことのひとつですね」

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大きなハードルを軽々と飛び越えて、順風満帆なバレー人生を歩んできたかのように見える木村選手。その強さと笑顔の裏側には、嬉しいことも悔しいこともたくさんの経験を通じて得た成長があった。そして今、見据える先はリオでの金メダル。キャプテンとしての強い使命感が日本女子バレーにさらなる進化をもたらしてくれることだろう。

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最後に、スポーツを頑張っている子どもたちへの応援メッセージをお願いすると

「厳しい練習だったり、辛いことや、悔しいことがいろいろあって楽しいことばかりではないと思うのですが、それをすべて楽しめるくらい強い気持をもって頑張って欲しいと思います。毎日笑顔でね・・・って私がどこかで泣いてたらすみません(笑)」

とニッコリ微笑んだ。

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プロバレーボール選手
木村 沙織(きむら・さおり)
1986年8月19日、東京都生まれ。
バレーボール全日本女子チーム主将。成徳学園高(現・下北沢成徳)2年生で全日本代表に招集され、史上最年少の17才でアテネ五輪に出場。その後北京、ロンドンと3大会連続出場を果たし、ロンドンでは28年ぶりとなる銅メダル獲得に貢献する。05年から所属した東レではプレミアリーグ優勝4回などエースとして数々の功績を残し、12年にトルコ1部リーグのワクフバンクに移籍、13年からガラタサライ・ダイキンに所属。14年東レに日本人選手初となるプロ契約で復帰。

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